最高裁令和6年7月16日刑集78巻3号113頁・重要判例解説令和6年度刑法5事件(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反被告事件・刑法246条の2にいう「虚偽の情報」)
本判例は、不正に入手した暗号資産NEMの秘密鍵で署名した上でNEMの移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為が刑法246条の2にいう「虚偽の情報」を与えたものとされた事例判断です。
判例を引用します。
https://www.courts.go.jp/hanrei/93213/detail2/index.html
「弁護人倉地智広、同伊藤建、同松田一星の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論に鑑み、職権で判断する。
1 原判決が是認する第1審判決の認定及び記録によれば、被告人が収受した暗号資産(仮想通貨)であるNEMは、氏名不詳者が、不正に入手したA株式会社(以下「A社」という。)のNEMの秘密鍵を用いて、A社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスに移転させたNEM(以下「本件NEM」という。)の一部であったと認められる(以下、本件NEMの移転行為を「本件移転行為」という。)。そして、NEMの取引においては、取引日時、取引数量、送受信アドレス等の取引に必要な情報(以下「トランザクション情報」という。)を、送信元のNEMアドレスに紐づけられている秘密鍵で署名した上でNEMのネットワークに送信すると、NEMのネットワークを構成するいずれか一つのNISノード(サーバ)が、送信元のNEMアドレスに紐づけられている公開鍵で、署名が秘密鍵によってなされたものであるかを検証し、トランザクション情報の整合性を機械的に確認して、トランザクションを承認し、こうして承認されたトランザクションが、他の承認されたトランザクションとともにまとめて一つのブロックとして生成され、これが順次積み重なりブロックチェーンに組み込まれ、最初のブロックから最新のブロックまで一連のブロックチェーンの情報をNEMのネットワーク全体が共有することで、書換えが事実上困難になり、取引が確定するというのである。
2 所論は、氏名不詳者が不正に入手した秘密鍵を用いて本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、刑法246条の2にいう「虚偽の情報」を与えたことにならず、本件移転行為は電子計算機使用詐欺罪に該当しないから、本件NEMは、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織的犯罪処罰法」という。)2条2項1号にいう「犯罪行為により得た財産」に当たらず、被告人には、令和4年法律第97号による改正前の組織的犯罪処罰法11条違反の罪(以下「犯罪収益等収受罪」という。)は成立しないと主張する。
3 しかしながら、NEMのネットワークに参加している者は、自らの管理するNEMアドレスに紐づけられている秘密鍵で署名しなければ、トランザクションがNISノードに承認されることも、ブロックチェーンに組み込まれることもなく、NEMの取引を行うことができないのであるから、秘密鍵で署名した上でトランザクション情報をNEMのネットワークに送信することは、正規に秘密鍵を保有する者によるNEMの取引であることの確認のために求められるものといえる。このような事情の下では、氏名不詳者が、不正に入手したA社のNEMの秘密鍵で署名した上で本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、正規に秘密鍵を保有するA社がNEMの取引をするものであるとの「虚偽の情報」をNEMのネットワークを構成するNISノードに与えたものというべきである。したがって、本件移転行為が電子計算機使用詐欺罪に該当し、本件NEMが組織的犯罪処罰法2条2項1号にいう「犯罪行為により得た財産」に当たるとして、その一部を収受した被告人について、犯罪収益等収受罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判断は正当である。
よって、刑訴法414条、396条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官今崎幸彦、同林道晴の各補足意見がある。
裁判官今崎幸彦の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛同するものであるが、上告趣意が、NEMのシステムは、主体情報を認証しないのであるから、氏名不詳者が不正に入手したA社のNEMの秘密鍵で署名した上で本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、「虚偽の情報」を与えたことにならないなどと主張していることに関連し、私なりの理解を補足しておきたい。
NEM等の暗号資産は、資金決済に関する法律上、不特定の者に対して決済手段として使用でき、かつ不特定の者との間で売買、交換を行うことができるような財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるものと定義されている。本件当時においても、ブロックチェーンや公開鍵暗号等の技術を用いた数多くの暗号資産が発行されており、秘密鍵による排他的支配可能性を前提に、資産等としての利用が急速に拡大し、幅広く取引の対象とされそのための市場が形成されていたということができる。
こうしたNEM等の暗号資産が社会経済において果たしている役割や重要性等に照らし、資金決済に関する法律等は、暗号資産のネットワークに参加している暗号資産交換業者に対し、暗号資産交換業者を介して取引を行う利用者保護のための規制を設け、また、本件後ではあるが、金融商品取引法は、令和元年法律第28号による改正により、暗号資産の不公正取引を規制し、暗号資産のネットワークに参加している者らの権利のより直接的な保護を図っている。正規の秘密鍵保有者でない者が不正に入手した秘密鍵で署名した上で、当該秘密鍵が紐づいているアドレスから他のアドレスにNEM等の暗号資産を移転させた場合、正規の秘密鍵保有者が暗号資産を移転させた者に対し、少なくとも不当利得や不法行為等を理由とした民事上の請求を行うことができることについても大方の異論のないところであろう。
刑事の分野においても、正規の秘密鍵保有者のNEMに対する権利を害する行為は、構成要件に該当する限り処罰の対象となり得る。
NEMが不特定多数のネットワーク参加者を得て取引の対象とされているのは、NEMのシステムによる取引における静的、動的安全の確保に対し、社会の信頼があるからにほかならない。「虚偽の情報」該当性は、こうしたNEMの利用実態、ひいてはNEM等の暗号資産が社会経済において果たしている役割や重要性等の観点からの考察抜きに判断することはできないのであって、システム単体としての仕組みや働き等からロジカルに演繹されるものではない。本件において、正規の秘密鍵保有者でない氏名不詳者は、不正に入手したA社の秘密鍵で署名した上で、当該秘密鍵が紐づいているA社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスにNEMを移転させる旨の本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した。確かに、NEMのシステムは、トランザクション情報に署名した者が正規の秘密鍵保有者であるか否かを判別する仕組みを持たない。しかし、上述のようなNEMのシステムに対する社会の信頼は、正規の秘密鍵保有者が秘密鍵の管理を通じてNEMを排他的に支配することができることによって確保される。正規の秘密鍵保有者以外の者が不正な方法で秘密鍵を入手し、これで署名することは、正規の秘密鍵保有者のNEMに対する排他的支配を害し、NEMのシステムに対する社会の信頼を損なう。こうした観点も踏まえれば、不正に入手した秘密鍵で署名した上で本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、正規の秘密鍵保有者であるという意味での主体を偽ったトランザクション情報をNEMのネットワークを構成するNISノードに与えた行為と評することができるのであり、電子計算機に「虚偽の情報」を与える行為にほかならない。
裁判官林道晴は、裁判官今崎幸彦の補足意見に同調する。」
本判例は、暗号資産NEMのネットワークに参加している者は、自らの管理するNEMアドレスに紐づけられている秘密鍵でNEMの取引に必要な情報(トランザクション情報)に署名しなければ、NEMの取引を行うことができないのであるから、秘密鍵で署名した上でトランザクション情報をNEMのネットワークに送信することは、正規に秘密鍵を保有する者によるNEMの取引であることの確認のために求められるものといえるという本件事情の下では、不正に入手した秘密鍵で署名した上でNEMの移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、正規に秘密鍵を保有する者がNEMの取引をするものであるとの「虚偽の情報」をNEMのネットワークを構成するNISノード(サーバ)に与えたものというべきであるとしました。
刑法246条の2の「虚偽の情報」とは、「電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし,その内容が真実に反する情報をいう」(東京高裁平成5年6月29日高刑集46巻2号189頁・刑法百選Ⅱ【第8版】58事件)とされています。
この点に関する先例として、最高裁平成18年2月14日刑集60巻2号165頁・刑法百選Ⅱ【第8版】59事件(以下「平成18年判例」といいます。)があります。
平成18年判例は、「原判決及びその是認する第1審判決の認定によれば,被告人は,窃取したクレジットカードの番号等を冒用し,いわゆる出会い系サイトの携帯電話によるメール情報受送信サービスを利用する際の決済手段として使用されるいわゆる電子マネーを不正に取得しようと企て,5回にわたり,携帯電話機を使用して,インターネットを介し,クレジットカード決済代行業者が電子マネー販売等の事務処理に使用する電子計算機に,本件クレジットカードの名義人氏名,番号及び有効期限を入力送信して同カードで代金を支払う方法による電子マネーの購入を申し込み,上記電子計算機に接続されているハードディスクに,名義人が同カードにより販売価格合計11万3000円相当の電子マネーを購入したとする電磁的記録を作り,同額相当の電子マネーの利用権を取得したものである。
以上の事実関係の下では,被告人は,本件クレジットカードの名義人による電子マネーの購入の申込みがないにもかかわらず,本件電子計算機に同カードに係る番号等を入力送信して名義人本人が電子マネーの購入を申し込んだとする虚偽の情報を与え,名義人本人がこれを購入したとする財産権の得喪に係る不実の電磁的記録を作り,電子マネーの利用権を取得して財産上不法の利益を得たものというべきであるから,被告人につき,電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた原判断は正当である。」としました。
平成18年判例の調査官解説(最高裁判所判例解説刑事篇平成18年度56頁以下)は、「刑法246条の2にいう「情報」 とは、電子計算機に文字どおり入力されたクレジットカードの名義人の氏名等のみをいうのではなく、その入力により実現される財産権の得喪に関する処分の内容やその主体等を含むという趣旨であり、そのように、「情報」の内容として申込みの主体に係るものを含むべき理由として、「クレジットカードの所持人と名義人は原則として同一であり、カード面上に表示されるクレジットカード番号や有効期限等の情報を正しく入力することは当該カードを所持する名義人本人でなければ通常できないものであり、本件システムは、このような事情を前提としていると考えることができる」ことなどを理由として挙げています。
本判例は、平成18年判例に関する上記の理解のもと判断をしたと解されます。
本判例に関する警察学論集78巻5号167頁は「本判決が示す結論は、平成18年決定のクレジットカードによるオンライン決済システムに関する判断とパラレルに考えれば明らか」とし、「秘密鍵の送信ということ自体が「正規に秘密鍵を保有する者によるNEMの取引であることの確認のために求められる」ものであるところ、クレジットカードの場合においては、クレジットカード番号やその有効期限の入力が同様の機能を果たすことを考えた場合、それらの情報はカード自体を見るなどすれば第三者でも比較的容易に入手し得るものであるのに比べ、秘密鍵の場合それが相当に困難であるので、その結論は平成18年決定の事案の場合と比べてもより明らかであると言えるのではなかろうか」「あえて挙げるとすれば、クレジットカードの場合にはその入力・送信される情報に名義人という入力者に関する情報が表示される一方、暗号資産取引の場合にはそれがないという違いはあるが、前記のような社会の信頼は、結局、その入力者が何という氏名の者かということよりも、その入力者が正規にそのクレジットカード決済や暗号資産取引を行える者かどうかという点にあるのであるから、この差異は結論を左右し得るものではないと思われる」と指摘しています。

