最高裁令和7年12月10日令和5(あ)237について(傷害被告事件・刑訴法323条2号の特信文書)

 本判例は、病院の診療録中、刑訴法323条2号により採用された出所不明確な記載を受傷直後の被害者による申告事実の認定に用いた第1審判決の認定判断が違法とされた事例です。

 判例を引用します。

 https://www.courts.go.jp/hanrei/95223/detail2/index.html

 「弁護人工藤啓介の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 所論に鑑み、職権で判断する。
 1 本件公訴事実の要旨は、被告人が、平成27年8月15日午後9時頃、茨城県鹿嶋市内の民家敷地内に設置されていたウッドデッキ上において、椅子に座っていた被害者の右腕及び右足を引っ張るなどの暴行を加えて、同ウッドデッキの階段下付近に置かれていた簡易プール内に同人を転落させ、同人に147日間の入院加療を要し、上肢不全麻痺の後遺症を伴う頸髄損傷、頸椎脱臼骨折の傷害を負わせたというものである。
 2 第1審判決は、本件当日、被害者は、勤務先の上司方である上記民家で開かれたバーベキューパーティーに参加し、上記勤務先の関係者ではない被告人も同パーティーに参加していたこと、被害者は、同パーティー中にウッドデッキの階段下付近に置かれていた簡易プールに落ちて起き上がれなくなり、間もなく病院に救急搬送されたこと、被害者は、翌16日には別の病院に紹介搬送されたことなどの事実経過のほか、上記救急搬送の際に救急救命士が作成した救急搬送記録や各病院の診療録等の記載内容を認定した。
 その上で、第1審判決は、上記紹介搬送先の病院の診療録(「看護データベース」と題する書面)中の看護師が作成した「入院までの経過」欄に「2015年8月15日21時30分、上司の家でパーティがありバーベキューを庭で行っていた。その際、会社の人に手と足をつかまれ、ふざけて土の上に設置されたビニールプールに投げ込まれ、背中と腰から転落。更に上から一人乗りかかり受傷。」という記載(刑訴法326条の同意がなく、同法323条2号により採用された部分を含む。以下「本件記載」という。)があることなどに照らし、被害者が、少なくとも自らが負傷した直後には、医療関係者らに対し、自らの負傷時の状況として、公訴事実にあるような被告人による暴行の被害を受けた状況とは異なり、勤務先の同僚の手でプールに投げ込まれるなどした状況を申告していたとの事実(以下「本件申告事実」という。)の存否につき、そのような可能性があると認定した。そして、これを前提に、公訴事実と同旨の被害状況を述べる被害者の公判供述の信用性を否定し、被告人に対し無罪を言い渡した。
 3 これに対し、検察官が控訴し、訴訟手続の法令違反、事実誤認を主張したところ、原判決は、第1審判決について、再伝聞証拠である本件記載自体から被害者自身が救急隊員に対して本件記載にあるような発言をした可能性があると認定したものと解さざるを得ず、このような認定は伝聞法則に反し違法なものであるから、第1審の訴訟手続には法令違反があるとして、第1審判決を破棄し、本件を水戸地方裁判所に差し戻した。
 4 そこで検討すると、本件記載自体からは、記載者である看護師がいかなる情報に基づいて本件記載をしたのかは明らかでなく、その情報の発信者も特定されていないのであり、このような出所不明確な情報にすぎない本件記載の存在は、受傷直後に被害者がどのような被害申告をしていたのかを認定する上で、有意な証明力を有するとは解されない。そして、本件記載をした看護師の第1審公判供述によっても、本件記載は、被害者の発言を直接聴取して記載したものではなく、被害者の搬送に携わった救急救命士から短時間のうちに聞き取った内容を記載したにすぎないというのであり、上記救急救命士が誰からどのような情報を聴取したのかなど、それ以前の過程は証拠上明らかでない。第1審判決が本件記載から本件申告事実を推認した判断過程は判文上判然としないが、上記のような出所不明確な本件記載について、これを受傷直後の被害者による本件申告事実の認定に用いた第1審判決の認定判断は、要証事実との関連性を見誤り、あるいは、伝聞証拠に関する刑訴法の規定を潜脱する違法なものといわざるを得ない。
 以上によれば、第1審判決に判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があるとした原判決の判断は是認できる。
 5 なお、原判決は、差戻し後の審理について、暴行の具体的態様や傷害結果との因果関係について更に審理判断を尽くす必要がある旨説示するところ、被害者を始めとする関係者の証人尋問が相応に尽くされていることなど、第1審における審理経過を踏まえると、差戻し後の審理では、本件記載からは本件申告事実を推認することができないことを前提に、まずは、現在の証拠関係から、被告人が本件公訴事実記載の暴行を加えたと認定できるかを検討することが求められる。
 よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

 特信文書(刑訴法323条各号)とは、文書の性質上、高い信用性が認められ、作成者を証人として尋問するよりも文書の記載内容を証拠とする方が信用性が高いと認められる文書をいいます(「基本刑事訴訟法Ⅰー手続理解編」269頁)。

 本判例で問題となった刑訴法323条2号(商業帳簿、航海日誌その他業務の通常の過程において作成された書面)については、業務の過程で、業務を遂行するための基礎資料として継続的かつ規則的に作成・記録されていることから、誤った事実が記載されるおそれが類型的に低く、信用性の情況的保障が認められる一方で、書面の記載内容の性質上、公判廷で供述させるよりも書面を用いる方が正確な事実認定に資するという必要性が認められるとされます(同269頁)。刑訴法323条2号に関する判例として、最高裁昭和32年11月2日刑集11巻12号3047頁・刑訴百選【11版】A34事件があります。この判例は、登録米穀販売業者である被告人が、犯罪の嫌疑を受ける前に、これと関係なく自ら販売未収金関係の備忘のため、その都度作成した未収金控帳は刑訴法323条2号の書面にあたるとしています(令和8年度版判例六法1987頁・刑訴法323条に関する3つ目の判例)。

 本判例は、傷害被告事件につき、病院の診療録中、刑訴法323条2号により採用された、被害者が被告人以外の者の行為により受傷した旨の記載は、記載者である看護師がいかなる情報に基づいて記載したのかが明らかでなく、その情報の発信者も特定されていない出所不明確なものであり、これを受傷直後の被害者による申告事実の認定に用いた第1審判決の認定判断は、要証事実との関連性を見誤り、あるいは、伝聞証拠に関する刑訴法の規定を潜脱し違法であるとし、救急搬送の際に救急救命士が作成した救急搬送記録や各病院の診療録等の記載内容は刑訴法323条2号の書面には該当しないという趣旨の判断をしました。

 本判例は特信文書に関する事例判断ですが、先例の少ない分野に関する判例として先例的価値は相応に高いといえます。