最高裁令和8年4月1日令和8(し)235について(勾留の裁判に対する準抗告棄却決定に対する特別抗告事件)

 本件は、いわゆる勾留中求令状起訴について勾留状が発付されないまま身体拘束を継続した違法が、その後に裁判官がした勾留の効力に影響を及ぼさないとされた事例判例です。

 被疑者勾留されていた者が、その勾留の基礎となっていた被疑事実と同一の事実で起訴された場合、刑訴法208条1項・60条2項から、公訴提起をすれば特段の手続を要せず被告人勾留が開始されると理解されているので、被疑者勾留が起訴と同時に、自動的に被告人勾留に切り替わるとされています(「基本刑事訴訟法Ⅰー手続理解編【第1版】」173頁参照)。もっとも、このように被疑者勾留が被告人勾留に自動的に切り替わるのは、被疑者勾留の基礎となっていた被疑事実と同一の事実で起訴する場合です(同175頁参照)。被疑者勾留の基礎になっていた被疑事実とは別の事実で起訴する場合においては、被告人勾留をするときには、以下の手順を踏む必要があります。その一つが本件で問題となった勾留中求令状といわれる運用です。

 勾留中求令状とは、例えばA事実で勾留中の被疑者を、これとは別であるB事実で起訴し、B事実について被告人勾留を求める場合をいいます。勾留は被疑事実ごとに行われます(事件単位の原則)。そのため、A事実とB事実に勾留の基礎となった事実の同一性がない場合には、A事実でB事実について勾留することはできません。改めてB事実について裁判所(※第1回公判期日までは受訴裁判所とは別の裁判官が判断します。刑訴法280条1項、刑訴規則187条1項。「新プロシーディングス刑事裁判」(司法研修所刑事裁判教官室)83頁参照)は勾留するかどうかを判断する必要があります。このように、勾留中の被疑者について公判請求をする場合において、公訴事実が勾留の基礎となった被疑事実と同一でないことから、その被疑事実について被疑者を釈放し、かつ、公訴事実について新たに勾留する旨の職権発動を検察官が裁判所に求める場合のことを勾留中求令状と実務上呼んでいます。

 判例を引用します。

https://www.courts.go.jp/hanrei/95801/detail2/index.html

「本件抗告の趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。 なお、所論に鑑み、本件勾留の適法性について、職権で判断する。

1 原決定の認定及び記録によれば、本件勾留に至る経緯は、次のとおりである。 申立人は、「令和6年2月23日頃から同年3月8日頃までの間に、Aに対し、自己名義の普通預金口座に係るキャッシュカード1枚を譲り渡した」旨の被疑事実により、令和8年2月6日から同月25日まで、勾留されていた(以下、この勾留を「先行勾留」という。)。

 検察官は、同月25日、申立人を「令和6年3月下旬頃、Aに対し、前記キャッシュカード1枚を交付した」旨の公訴事実(以下「本件公訴事実」という。)により福岡地方裁判所に起訴するとともに、裁判官に対し、本件公訴事実につき勾留状発付の職権発動を求め、先行勾留に係る勾留状の欄外に「令和8年2月25日釈放」と記載して押印し、裁判官に差し出した。裁判官は、同日、理由を示すことなく、職権を発動しないとの判断をし、検察官には、勾留状が発せられなかった旨が通知された。しかし、検察官は、勾留状が発せられなかった理由を確認することなく、先行勾留に係る被疑事実と本件公訴事実との同一性が認められたと理解し、先行勾留により身柄拘束を継続できると考え、釈放指揮を行わず、申立人の身柄拘束を続けた。

 検察官は、同月26日、職権を発動しないとの前記判断は、先行勾留に係る被疑事実と本件公訴事実との同一性を認めず、本件公訴事実に係る勾留もしないという趣旨であると聞き、釈放指揮を行い、申立人は、同日午後8時6分頃に釈放された。

 検察官が、同日、改めて勾留状発付の職権発動を求めたところ、前記裁判官とは別の裁判官は、本件公訴事実について本件勾留状を発付し、同日午後10時30分に執行された。

2 これらの事実によれば、検察官が、先行勾留に係る勾留状に釈放と記載して押印していながら、本件公訴事実に係る勾留状が発せられなかった旨の通知を受けた後、勾留状が発せられなかった理由を確認することなく、その釈放指揮を行わず、身柄拘束を継続したことは違法というべきである。もっとも、職権発動をしなかった裁判官からその理由が示されていないため、先行勾留に係る被疑事実と本件公訴事実には同一性が認められたと検察官が理解したことが直ちに誤りとはいい難く、検察官において勾留に関する諸規定を潜脱しようとしたものとは認められないことからすると、前記の違法は、裁判官がした本件勾留の効力に影響を及ぼすものとはいえない。そうすると、本件勾留を是認した原決定は正当である。

 よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」

 先行勾留に係る被疑事実は「令和6年2月23日頃から同年3月8日頃までの間に、Aに対し、自己名義の普通預金口座に係るキャッシュカード1枚を譲り渡した」というものであり、本件公訴事実は「令和6年3月下旬頃、Aに対し、前記キャッシュカード1枚を交付した」です。両被疑事実(公訴事実)に事実の同一性がないということがこの判例を読む前提となります。

 先行勾留に係る勾留状の欄外に「令和8年2月25日釈放」と記載して押印していたことに着目し、検察官が裁判官に勾留状が発せられなかった理由を確認することもなく、釈放指揮を行わずに身体拘束を続けたことは違法であると断じています。

 もっとも、勾留中求令状により裁判官に被告人勾留の職権発動を求めた検察官が、職権発動をしなかった裁判官から職権発動をしない理由を示されなかったことから、先行勾留に係る被疑事実と本件被疑事実には同一性が認められたと検察官が理解したことが直ちに誤りとは言い難いとし、検察官において勾留に関する諸規定を潜脱する意図までは認められないとしました。

 その上で、「前記の違法は、裁判官がした本件勾留(※改めて検察官が裁判官に職権発動を求め裁判官が勾留を認めた勾留。執筆者注。)の効力に影響を及ぼすものとはいえない」とし、特別抗告を棄却しています。

 この判例は、公表されたばかりで実務に与える影響がどのようなものであるかは今後の議論を待つ必要があります。私見を簡単に述べておきます。

 最初の裁判官は職権発動を相当としない判断をしているのにもかかわらず、検察官は釈放指揮を直ちにせず、翌日に別の裁判官(※同一人の可能性はあります)は職権発動を認めるという判断をしている点は疑問が残ります。なぜなら、事情の変更があるかどうか怪しいからです。裁判官により別の判断になったとはいえ、その判断過程が示されないのでは、勾留という人身の自由を大きく制約する裁判をすることが正当化されるのか大いに疑問です。勾留は憲法34条後段の「拘禁」にあたり、「正当な理由」が必要とされています。この判例は人身の自由というものをあまりにも軽んじていないか、憲法の番人であるはずの最高裁の判断として本判例が妥当なのかについては、議論が必要と考えます。

 判例が検察官が釈放指揮を行わずに被告人の身体拘束を続けたという違法が「裁判官がした本件勾留(※改めて検察官が裁判官に職権発動を求め裁判官が勾留を認めた勾留。筆者注)の効力に影響を及ぼす」余地を認めたかのような判示になっている点も注目すべきです。

 東京高裁昭和54年8月14日刑月11巻8号789頁・判タ402号147頁・刑訴百選【11版】54事件が参考になると思われますが、今後の議論が待たれるところです。

 「覆面パトカーによる警察署への任意同行が実質的には逮捕行為に当たる違法なものである場合でも、実質的逮捕の時点で緊急逮捕の理由と必要性(刑訴法210条1項)があったと認められ、また、実質的逮捕の約3時間後に通常逮捕(刑訴法199条1項本文)の手続がとられ、実質的逮捕の時から48時間以内に検察官への送致手続がとられており、勾留請求(刑訴法208条1項)の時期についても違法の点は認められないときは、実質的逮捕の違法性の程度はその後の勾留を違法ならしめるほど重大なものではない」(令和8年度版判例六法1917頁参照。刑訴法207条に関する5つ目の裁判例。)

 とあり、先行手続が後行手続に与える影響を論じたものとして参考になるかと思われます。