最高裁令和4年6月9日刑集第76巻5号613頁について(業務上横領被告事件・他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した場合における非占有者に対する公訴時効の期間)
本判例は、他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した場合における非占有者に対する公訴時効の期間に関し、他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した場合、非占有者に対する公訴時効の期間について、業務上横領罪(刑法253条)か横領罪(刑法252条1項)のいずれの法定刑を基準とすべきかについて判断をした判例です。
公訴時効の期間(刑訴法250条)の適用の基礎となる刑は、刑法による加重減刑の前の刑によるとされています(刑訴法252条)。
業務者でもなく、占有者でもない者が業務上横領に関与した場合に関する刑法65条の適用については既に判例があります。他人の物の非占有者が業務上占有者と共謀して横領した場合について、最高裁昭和32年11月19日刑集11巻12号3073頁・刑法百選Ⅰ【8版】94事件は「253条は横領罪の犯人が業務上物を占有する場合において、とくに重い刑を科することを規定したものであるから、業務上物の占有者たる身分のない被告人両名に対しては同法65条2項により同法252条1項の通常の横領罪の刑を科すべき」としています(以下「昭和32年判例」といいます。)。業務上横領罪は横領罪との関係からみるとその刑が加重されており、業務者という身分があることによって刑の軽重が生じる真正身分犯ということになります。他方で横領罪は、占有者という身分があることによって犯罪が成立する真正身分犯です。このように、業務上横領罪は業務者と占有者という2つの身分を持つ者が横領することによって成立する犯罪であることから二重の身分犯ということができます(以上につき、刑法百選Ⅰ【8版】94事件解説1参照)。昭和32年判例には成立と科刑の不一致があるとの批判がありますが、判例の理解として、業務上横領罪は、非占有者との関係では真正身分犯であるため、非占有者について刑法65条1項が適用されて同罪の共犯となるが、占有者が業務上横領に加功した場合との刑の不均衡を回避するため刑法65条2項を適用して横領罪の刑を科すこととしたものであるとされています(以上につき、本判例に関する判タ1516号66頁参照)。このように本判例は昭和32年判例を踏まえて検討する必要があります。
昭和32年判例の考え方によれば、非占有者に成立する罪と適用される法定刑に不一致が生じるようにも解されることから、非占有者である被告人に対する公訴時効期間の基準となるのは、業務上横領罪と横領罪のいずれの法定刑であるかが問題となりました。
原判決(東京高裁令和3年5月21日令和2年(う)第851号・判例秘書L07620503)は、成立する罪名(業務上横領罪)を基準とすべきとしたことろ、本判例は横領罪を基準とするべきであると下記のように判断し、原判決を破棄し自判しました。
https://www.courts.go.jp/hanrei/91223/detail2/index.html
「弁護人野島梨恵の上告趣意のうち、判例違反をいう点について
1 第1審判決の認定した犯罪事実の要旨は、「被告人は、株式会社Bの取締役兼総務経理部長として同社の経理業務を統括していたC(以下「C」という。)と共謀の上、平成24年7月5日、同社名義の銀行口座の預金をCにおいて同社のために業務上預かり保管中、東京都内の同社事務所において、自己の用途に費消する目的で、Cにおいて、情を知らない同社職員に指示して、上記口座から、Cらが管理する銀行口座に、現金2415万2933円を振込入金させ、もってこれを横領した。」というものである。
2 第1審判決は、上記認定事実によれば、被告人の行為は、刑法65条1項により、同法60条、253条(業務上横領罪)に該当するが、被告人には業務上の占有者の身分がないので、同法65条2項により同法252条1項(横領罪)の刑を科することとなる(以下、この法令の適用を「本擬律」という。)とした。その上で、公訴時効の成否について、公訴時効の期間は、科される刑を基準として定めるべきであるとし、横領罪の法定刑(5年以下の懲役)を基準として刑訴法250条を適用すると、公訴時効の期間は5年(同条2項5号)であるから、本件の犯罪行為が終了した平成24年7月5日から起算して、本件の公訴提起がされた令和元年5月22日には公訴時効が完成していたとして、被告人に対し、同法337条4号により免訴を言い渡した。
これに対し、検察官が控訴し、被告人に対する公訴時効の期間は業務上横領罪の法定刑を基準とすべきであるのに横領罪の法定刑を基準として公訴時効の完成を認めた第1審判決には法令適用の誤りがあると主張した。原判決は、第1審判決の認定した犯罪事実及び本擬律を前提に、公訴時効の期間は、成立する犯罪の刑を基準として定めるべきであるとし、業務上横領罪の法定刑(10年以下の懲役)を基準として刑訴法250条を適用すると、公訴時効の期間は7年(同条2項4号)であるから、本件の公訴提起時に公訴時効は完成していないとして、第1審判決を法令適用の誤りを理由に破棄し、第1審判決と同旨の犯罪事実を認定して、被告人を懲役2年に処した。
3 所論は、原判決の判断は、名古屋高等裁判所昭和44年(う)第140号同45年7月29日判決・名古屋高等裁判所刑事判決速報487号(以下「名古屋高裁判決」という。)と相反すると主張する。名古屋高裁判決は、他人の物を占有していない者(以下「非占有者」という。)が、これを業務上占有する者(以下「業務上占有者」という。)と共謀して横領したという事案において、本擬律を前提に、非占有者に対する公訴時効は、横領罪の公訴時効によるべきである旨判示したものであり、原判決の判断は、名古屋高裁判決と相反している(なお、所論は、原判決の判断は、最高裁昭和30年(あ)第3640号同32年11月19日第三小法廷判決・刑集11巻12号3073頁とも相反する旨主張するが、同判例は、所論のような趣旨まで判示したものではないから、前提を欠く。)。
4 そこで検討すると、公訴時効制度の趣旨は、処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあり、刑訴法250条が刑の軽重に応じて公訴時効の期間を定めているのもそれを示すものと解される。そして、処罰の必要性(行為の可罰的評価)は、犯人に対して科される刑に反映されるものということができる。本件において、業務上占有者としての身分のない非占有者である被告人には刑法65条2項により同法252条1項の横領罪の刑を科することとなるとした第1審判決及び原判決の判断は正当であるところ、公訴時効制度の趣旨等に照らすと、被告人に対する公訴時効の期間は、同罪の法定刑である5年以下の懲役について定められた5年(刑訴法250条2項5号)であると解するのが相当である。これによれば、本件の公訴提起時に、被告人に対する公訴時効は完成していたことになる。
5 以上によれば、原判決は、法令の解釈適用を誤り、名古屋高裁判決と相反する判断をしたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
よって、弁護人のその余の上告趣意に判断を加えるまでもなく、刑訴法405条3号、410条1項本文により、原判決は破棄を免れず、上記の検討によれば、被告人に対し公訴時効の完成を理由に免訴を言い渡した第1審判決は正当であり、検察官の控訴は理由がないことに帰するから、同法413条ただし書、414条、396条によりこれを棄却することとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官山口厚の補足意見がある。
裁判官山口厚の補足意見は、次のとおりである。 私は法廷意見に全面的に賛成するものであるが、補足して若干意見を述べておきたい。
1 公訴時効は処罰の必要性と法的安定性の調和の上に成り立つ制度であるが、処罰の必要性は被告人に科される刑の重さによって表されている。身分のない共犯に「通常の刑」を科す刑法65条2項は、身分がないことにより認められる処罰の必要性の相違を科し得る刑に反映させるための規定である。したがって、このように処罰の必要性をよりよく反映した刑が、法の定める制約の枠内において、公訴時効期間を決める基準とされるべきものといえる。そして、このような考慮を制約する枠として、ある事情が法律上の加重・減軽事由である場合に、「加重し、又は減軽しない刑」を公訴時効期間の基準とする旨を定める刑訴法252条の規定が問題となる。しかし、本件で問題となる刑法65条2項はこのような法律上の減軽事由を定めるものではないから、刑訴法252条の定める制約によって刑法65条2項適用以前の刑により公訴時効期間を決定すべきことになるわけではない。同項適用後の処罰の必要性が反映された刑によって公訴時効期間を定めることが相当である。
2 原判決は、共犯の統一的処理の理念により、本件では業務上横領罪の法定刑を基準として公訴時効期間を定めるのが相当だとしている。しかし、共犯の統一的処理といっても、そもそも共犯事件について公訴時効期間の統一を求める規定が存在するわけではない。また、共犯の場合に公訴時効の起算点を「最終の行為が終つた時」とする刑訴法253条2項は、同条1項の「犯罪行為が終つた時」を起算点とする一般規定を共犯の場合に確認するものにすぎないといえ、共犯事件について特則を定めるものとはいえない。さらに、同法254条2項は共犯事件について公訴提起による時効の停止の効果を他の共犯に及ぼしており、これ自体は共犯の統一的処理に沿うものではあるものの、このことはその他の事情による時効の停止には及ばない(同法255条1項参照)など、共犯の統一的処理の理念は、処罰の必要性を公訴時効期間に反映させるという制度趣旨に由来する要請を凌駕するような公訴時効制度の根幹にかかわるものとはいえないであろう。したがって、刑法65条2項の適用により指示される横領罪の法定刑を公訴時効期間を定める基準とすることが相当である。
3 業務上占有者に非占有者が加功する本件の場合についての法廷意見の結論は、業務上占有者に占有者が加功する場合の取扱いとの均衡からも、相当な結論だと思われる。すなわち、業務上占有者に占有者が加功する場合には、刑法65条2項が適用されて、占有者には横領罪の共犯が成立することになると思われる(業務上占有者は占有者との関係では身分によって刑の軽重がある加減的身分であり、判例の立場によれば同条1項の適用はなく同条2項のみ適用されることになるはずだからである。したがって、占有者について公訴時効期間は5年となる。)。ここで、占有者よりも類型的に可罰的評価(処罰の必要性)が軽くなるべきだと思われる非占有者について、横領罪の法定刑ではなく、業務上横領罪の法定刑を基準として公訴時効期間を決めることは、それを占有者については5年としながら、非占有者については7年とするという不均衡を認めることになり、相当でないと解されるのである。」
法廷意見は「公訴時効制度の趣旨は、処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあり、刑訴法250条が刑の軽重に応じて公訴時効の期間を定めているのもそれを示すものと解される。そして、処罰の必要性(行為の可罰的評価)は、犯人に対して科される刑に反映されるものということができる。本件において、業務上占有者としての身分のない非占有者である被告人には刑法65条2項により同法252条1項の横領罪の刑を科することとなるとした第1審判決及び原判決の判断は正当であるところ、公訴時効制度の趣旨等に照らすと、被告人に対する公訴時効の期間は、同罪の法定刑である5年以下の懲役について定められた5年(刑訴法250条2項5号)であると解するのが相当である。」と述べ、法定刑の軽重に応じて犯人を訴追できる期間の長短を定める刑訴法250条の規定の趣旨を処罰の必要性と法的安定性の調和とし、処罰の必要性(行為の可罰的評価)は、犯人に対して科される刑に反映されるとしたうえで、結論として被告人に対する公訴時効の期間は横領罪の法定刑によるべきであるとしました。
この法廷意見を山口厚裁判官が補足意見でより詳しく説明しています。この点については本判例の判例タイムズ1516号67頁から68頁まで記事を引用します(※カンマはテンに置き換えています。)。
「身分のない共犯に「通常の刑」を科す刑法65条2項は、身分の有無による処罰の必要性の相違を科し得る刑に反映させるための規定であり、公訴時効制度の趣旨に照らすと、法の制約の枠内で、処罰の必要性をよりよく反映した刑が公訴時効期間の基準とされるべきであるとした上で、原判決が論拠とする点について、㋐同項は、法律上の減軽事由を定めるものではないから、刑訴法252条による制約は当てはまらないこと、㋑共犯事件について公訴時効期間の統一を求める規定は存在せず、刑訴法253条2項は、同条1項の「犯罪行為が終つた時」を公訴時効の起算点とする一般規定を共犯の場合に確認するものであって共犯の特則を定めるものではなく、同法254条2項についても、公訴提起以外の事情による時効の停止効(同法255条1項)は他の共犯に及ばないことなどからすれば、共犯の統一的処理の理念は、公訴時効制度の根幹にかかわるものとはいえないことを指摘する。さらに、補足意見は、㋒業務上占有者に占有者が加功した場合、判例の立場によれば刑法65条2項により占有者には横領罪が成立し、同罪の法定刑が公訴時効期間の基準となると考えられるところ、本論点について業務上横領罪の法定刑を基準とすると、非占有者と占有者との間で公訴時効期間につき不均衡が生じることを指摘する。」「補足意見は、原判決が指摘する刑訴法の各規定は、必ずしも共犯者間で公訴時効期間を統一的に解すべき根拠にならず、本論点につき横領罪の法定刑を基準とすることに法的制約はないこと(㋐、㋑)、及び、本論点につき業務上横領罪の法定刑を基準とすると不都合が生じること (㋒)を論じ、法廷意見に説明を加えるものである。」
山口厚裁判官の補足意見が指摘する通り、刑訴法の各規定から公訴時効期間について統一的な見解を導出することは困難であり、横領罪の法定刑を基準とすることの法的制約にはならないと解されますし、昭和32年判例が刑の不均衡に配慮した解釈をしていることとの整合性を保つという点で法廷意見のように横領罪の刑を法定刑の基準とするのが相当です。

